自分が絶対にやりたくないことを書きだしてみる
やりたいことを書いていると、何となくワクワクします。でも、書いて満足だったりしませんか? 書いただけで満足して『叶った気になって』行動しない。まるで宝くじを買って、自分が1億円当たった時『何をするか?』を考えてワクワクしたまま終わるかのように。。。
自由に生きるための0→1(ゼロワン)思考のススメ
やりたいことを書いていると、何となくワクワクします。でも、書いて満足だったりしませんか? 書いただけで満足して『叶った気になって』行動しない。まるで宝くじを買って、自分が1億円当たった時『何をするか?』を考えてワクワクしたまま終わるかのように。。。
自分のことだから『自分のことは自分が一番知っている』と 誰もが思っている。けれど、意外とわかっていなかったりする。ボクは、たくさんの人から学んでいる時、 正直ブレブレだった。
行動できないとき、『一歩踏み出したほうがいい』ってわかっていても、なぜか動けないものです。「明日からでいっかー」ってなっちゃう。で、、、結論から言うと、動けない時に無理に動かなくていいんですよ。
ボクは、どちらかというと人の意見に左右される人間だった。アレもいい、コレもいい。だ。。。もちろん、それでも良いのかもしれないけれど、ボクは、それだとまったくダメだった。なぜなら、アレもいいかも、コレもいいかも…と思っていると、決断できなくなってくるから。
ボクは、ノートに書いたことを読み返すのが苦手だった。本当は、それができるといいのかもしれない。でも、ボクにはそれができなかった。ただ、ボクの得意分野があった。それは、人の体験談を聞くのが好きだったことだ。
学校で勉強すると、『復習してくるように』と言われる。その復習を、ボクは読み返すことだと思っていた。暗記していることが勉強だと思っていた。そんなことを思っていたボクは、社会人になってから『勉強は大事だ』と気づき、勉強をするようになってからも、先程言ったような勉強方法(ノートに書いたものを読み返して覚える)が大事だと思っていた。
勉強する=ノートに書く。それがセットになってる感じですね。もちろん書かないよりは書くことで少しは頭にインプットされるし、『何だったっけ?』ってなった時に、ノートにメモしておくと確認することができる。そういう意味でメモは大事。
ボクは、社会人になってから勉強好きになった。なったというのか、なっていたというのか、気づいて振り返ってみたらそうだったという感じ。なぜ勉強する気になったかというのは、必要性を感じてにすぎない。学校に行っていた時は、勉強というものに必要性を感じていなかった。
ボクは、勉強というのが苦手だった。『だった』と過去形にしていいかわからない。いまも苦手かも。。。勉強というのは、先生が前で話し、黒板に書いたりする。それをノートに書いたりして復習するのに使う。
深く考えるって面倒だからやりたくない。そして、深く考えるってプラス面ばかりじゃなくマイナス面を直視しなきゃいけないから考えてる途中で嫌になったりする。昔のボクは、人並み、いや人並み以上に悩みを持っていた。